半世紀を生きて、いま、思うこと。《50歳のお誕生会@キャバーンビート》
家の電話に、子機というものができて、離れた自室で話せるようになり
ポケベルを持っていればどこにいても連絡可能になり
電話をもって出かけられるようになり、TVが見れたり、写真が取れたり
いまでは小さなパソコンとして完全に依存しています。スマホ。
音楽で言えば
ラジオからカセットテープに録音したり、テレビの前で黙って録音したりしてました。
MDという便利なものができ。レコードはCDになり、今ではデータ。
家で好きな映画を独り占めできる!VHSビデオテープはレーザーディスクからDVD、ブルーレイへと変わっていった。この50年。
鉛筆いっぽんあれば独立開業できたデザイン業界も、いまは完全にパソコン仕事。相変わらず苦手です。
パソコン通信のピコンピコンはいまや、無線で空気中を無数のデータが行き来してる。
そんな50年。
2015年3月22日。ぼくは50歳になりました。
友人の壮行会に、同時開催として誘っていただき、「お誕生会」をやりました。
アマチュア音楽活動を始めて13年くらい。
コピバンから始まって、曲をたくさん書き、自分が歌うことになるなんてびっくりです。
なつかしい友達もたくさん来てくれました。
ずっと付き合いの会った人も、数年ぶりの人も。
本当にうれしかった。生きててよかった。
いまやってるバンド、マーヤとセーラーゾンビ、火の馬、そして
ソロでは素敵なゲストたちと音楽を楽しみました。
音楽を始めた頃の僕は
「楽しむだけの音楽なんていやだ。何かをつくりたい。苦しくてももっともっとうまくなりたい」
そう思って、かなりハードに練習したり、知り合いがまったくいないライブに飛び込んだり。きっとワガママで勝気で、やなヤツだったんじゃないかな。
自分本位でものを考えていた様な気がします。
自分の求めてるものだけを追いかけて。
いろんな人(とくにボーカリスト)との関係性の中で、出会いと別れの中で「音楽を作ること=楽しいこと」と感じられるようになりました。
ほんとうに皆さんのおかげです。
ここ数年、時々は「よかった」「ギターいいね!」「いい曲だね」とかいわれる様になった僕は、きっと「いい気になっていた」のかもしれません。
できる事できないこと、ありとあらゆることに首を突っ込み、120%で楽しみ続けました。
いろんな歪みがでたり、身体をこわしたり。
それでも
まだまだ燃えるぜ!って。
ぼくの40代はヒートウェイブの曲でいえば「スティルバーニン」
本当に誇れる、すばらしい10年。だけど嵐のような10年を過ぎて、すこし、アクセルから足を外そうと思います。
そしてこの大嵐の中、いろんな事をガマンしてくれていた妻とも、もっともっと時間を共有したいし、ふたりで何かをつくりたい気もします。
この10年で息子は10歳から20歳になりました。
彼自身悩んだり苦しんだり、僕らが悩ませたり苦しませたりしたこともありました。
でもクールな考察力のある男に育ってくれました。
ぼくを男にしてくれたのが妻なら
ぼくを大人にしてくれたのは、きっと彼です。
人生の、道。
もう完全に折り返していて、あと何年こんなことができるか判らない。
でもきっと今までのように
しゃがみこんだり
後戻りしたり
急に走り出したり
スキップしたり
穴を掘ってはいりたくなったり
激しく頭からこけたりすることでしょう。
それでも、前を見たい。
まだみない、おだやかな風景を見たい。
ゆっくりと、堂々と。
風に立つライオンにはなれなくても。
3/22のライブのあと、力尽きて倒れたあと、そんな事を思いました。
祝ってくれた皆さん。ほんとうにありがとう。
本当にしあわせです。
中学生の頃の、「大人になりたくない。子供が嫌いだ」と怒っていた
高校生の頃の「世の中全部、敵だ」とにらんでた僕。
そんな昔の僕が、いまの僕をみても
「まあまあ、いいんじゃね?」
と思ってくれると思います。
悪かねえな
って。
僕にはかなえたい夢があります。
そのためには一生懸命はたらいて、お金持ちにならなきゃいけません。
いま、仕事はほんとに大変。正念場。
だからこそ、やります(泣き言もいうけどね)。
ほんとにみんな、ありがとう。
みんなの上に、悲しい雨がふりませんように。
多くの晴れた日がありますように。